9章|再生不良性貧血とマルク

再生不良性貧血の検査入院 1995年12月~

病棟を移動し本格的な検査が待っていた。

貧血の骨髄穿刺検査。通称マルク。
骨髄に注射針を差し込み骨髄液を採取し血液細胞を詳しく調べる検査。
骨髄移植にも必要な検査である。

私がマルクを受けるのは4回目。
生後2ヶ月、3才、6才、そして今回。

6才の時、「これをやったら退院できるから頑張ろうね」
と医師に言われ
「泣いたら家に帰れない」と
恐怖と痛みを必死にこらえたのを覚えている。
「もう2度としたくない」と思った。

大人になってからも
「マルク」と聞くだけで
あの骨にキリで穴を開ける感覚が蘇りトラウマになっている。

詳しく検査するとK先生から話しが出た時に嫌な予感がし、
「マルクですか?」と聞いた。
先生は、「はい」と即答だった。
逃げたくなった。

逃げるわけにもいかずマルクを受けることになる。

血液内科の病棟に移ると同時に、
病棟での担当医がK先生からH先生になった。
H先生は30歳半ばぐらいガッチリ系の男性医師だった。

マルクの日程が決まると
「お尻か胸か」どちらから採取してもらうか悩んだ。

幼少期は圧倒的に胸からだった。
なので、部分麻酔で行なうマルクは子供ながらに恐怖そのものだった。

看護婦さん数人に取り押さえられ(動くと危険なので)
目の前で大きな注射針を突き刺さられ
グリグリされると身体中に嫌な音が響く。

「目はつぶってようね~」と先生に言われても、
何をされてるのか恐すぎて、つぶっていられない。

「いっそのこと全身麻酔だったら、寝てる間に全てが終わっていいのに」
と思いH先生に相談した。
すぐ却下された。

とうとうマルク当日。
悩みに悩んだ結果お尻にしてもらうことにした。
少しでも痛いことから目を背けたかった。

H先生とはまだ挨拶程度しか話した事がないのに
お尻を見せることになるとは。

「お尻で」と私が注文すると
「お尻じゃなくて胸骨からの方が取りやすいんだけどね」
と言われる。

でも、あの目の前でのグリグリを思い出すと妥協するわけにはいかず、
「お尻でお願いしますと」と貫く。

うつぶせ状態になっているので何が行なわれてるのか分らない。
何か考えて気を紛らわせようとすればするほど、
意識は集中し五感が冴えてしまう。
消毒液の臭いと、ヒヤ~とした感覚が腰からお尻にかけてする。

「いよいよだ」と心の準備をする。
が、何も起こらない。

しばらくしてふいをついてチクッとしたので思わず
「痛い」と大声で叫ぶ。

「麻酔しただけです」と先生。
H先生の第一印象は冷静沈着だったのを思い出した。

「突然でビックリして、すみません。マルク苦手なので」
と言うと、
「得意な人は少ないのではないですか?」
と返ってくる。
「たしかに」と思ってしまった。

「では、これからこれを腰の骨の部分まで刺しますね」
と先生は言い何かを私にかざしてる気配がする。

うつぶせの状態で顔を横に向けると
目の前に採取用の注射器があった。
その針の太さと長さに恐怖が増した。

その様子を見て先生は
「説明した方がビックリしないと思ったので」と言った。

「お願いします」とだけ答えた。
先生は「分りました」とだけ言った。

麻酔は効いていても、
針を骨に達するまで深く刺すわけで、
全く痛みを感じないわけではない。

先ほど、実際に目にした注射針はボールペンくらいの太さと長さがあった。
それが身体の中に入っていくと考えるだけで、体が敏感になる。

「でも大人だし、頑張ろう」と自分に言い聞かせる。

「ちょっと痛いかもしれません」
先生の言葉に、
枕を握り締めていた両手が一気に汗ばむ。
次の瞬間、「ズンッ」という体の内側に響く嫌な感覚と鈍痛を感じる。

注射針が骨に到達し更に先を進もうとしている。
「グッ」先生が注射器に力を込める。
「痛い」私は痛みと恐怖で思わず口に出していた。

「そんなに痛いですか?」
と先生に言われ、
それなりに我慢して頑張っていたのにという思いから、
つい・・・
「痛いですし恐いです。先生には分らないかもしれませんが」
と言い返してしまった。

すると先生は
「分りますよ!患者さんの苦痛を和らげるため同僚と練習してるんです」
とムッとしながら言った。

何も知らず失礼な事を言ってしまった私は「ごめんなさい」と謝った。
すると先生は注射器をグイグイ押し込みながら

「謝らなくていいんですよ。
僕も、もっと気持ちをリラックスさせてあげられれば良いのだけど、口下手だし。
せめて痛みを最小限にしようと思って集中してるんだけどね」

表情は見えなかったが
ちょっと優しさが伝わってきた。

「よろしくお願いします」と改めて先生に言う。
先生は「分りました」とだけ言った。
不思議と体の緊張がとれ「グググッ」と針が少しずつ快調に突き進む。

どうにか採取は済んだ。
処置室から病室まで、先生が車椅子で連れ帰ってくれる。

お尻の当たる部分が痛く身をよじる。
「だから胸骨にすれば良かったんだ」と先生に言われた。
「先生とお見合いしながらだとお互いもっと大変だったよ」と笑って私が言うと、
「そりゃそうだな」と先生も笑った。

「先生、私ね半年前に交通事故で緊急搬送されたの。
その時の血小板が1万って。担当の先生もびっくりしてた。
何かの間違いかもしれないけど、一度ちゃんと調べなさいと言われたの。
でも傷口も治ったし。
1ヵ月後の血液検査でも大きな異常なかったし
貧血の症状もなかった・・・なのに・・・」

ここまでの私の話を先生は黙って車椅子を押しながら聞いている。

「あの時もっとちゃんと調べてたら
こんな事にならなかったかな。
再発しなかったかな。」
私の本音と弱音が出てしまった。

すると先生は車椅子を押しながら
「子供の頃の寛解は成長期が上手く体の仕組みを変えたのかもしれない。
根治治療しないと完治はしない。
だから再発はしかたないんだよ。
この病気は日常生活を送るぶんには大人しくしているが、
他の病気や事故など、普段と違う局面になった時に厄介になる。」
と淡々と語った。

「だから残念だけど乗り越えられない事も出てくる。
でも、あなたは事故や子宮内膜症の手術を乗り切った」
先生は車椅子を押す手を止めずに
真っ直ぐ前だけを見て言った。

無骨だけど温かみのある先生の気持ちが嬉しかった。
長い廊下を力強く前進する車椅子に乗りながら、
「この先生なら病気に一緒に立ち向かってくれるかも」そう思った。

 

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