4章|再生不良性貧血と医療の光
1995年11月13日午前
ほとんど一睡も出来ずに朝を迎えた。
あれほど苦しんだのが嘘のようにお腹の痛みは治まっている。
「もう痛くないし大丈夫かも」と能天気に思ってみる。
でも昨日の血液検査の結果からは、
どうにも逃げられないと感じた。
頭をよぎる大きな不安。
それをこのままにしておく事は出来ないだろう。
「よし!」声に出して病院に行く準備を始めた。
バスの車窓から見える風景は昔とあまり変わってない気がする。
「隣に座っている母の目にはどのように映っているのだろうか」と思うと切なくなった。
15年ぶりの病院は当時のままそこにあった。
建物の中に入ると不思議な懐かしさが蘇る。
受付で事情を話す。
対応してくれた女性は、
「ちょっとお待ち下さい」
と事務所に戻り、
数分して代わりに男性が現れた。
「ご事情伺いました。
しかし現在、当時の担当の先生はどなたもいません。
カルテも残っていません。
事情を報告しますので、まずは内科を受診して下さい」と言われた。
待合室で待っていると看護婦さんから
「それでは採血してきて下さい」と指示がある。
まずハッキリさせないといけないのは腹痛の原因より、
「再生不良性貧血の再発」ということが頭をよぎる。
もの凄い恐怖が襲ってきた。
血液検査の結果が出るまでの時間が長く長く感じる。
看護婦さんが現れ、
「どうぞこちらに」と案内される。
診察室を入ると50代半ばくらいの優しそうな男性の医師。
「お待たせしましたね。痛みは大丈夫ですか?」
と聞き、片手で椅子を引き寄せながら
「疲れたでしょ、座って。お母さんもどうぞ。」
と促しながら、手元の検査結果に目を落とす。
先生の目の前に座るとネームバッジに
「内科部長」と記してあるのを見て、なんだか不思議と安堵。
「体調はどうですか?」
との先生の問いに、
症状を簡単に説明した。
すると先生は、
「なるほど辛かったですね。
腹痛の原因は産婦人科できちんと調べた方がいいですね。
うん~そうですね。
その前に血液検査の結果ですが」と言葉を選んでる様子が伺える。
「詳しく検査をしなければ断言できませんが、
おそらく再生不良性貧血の再発だと思われます」
覚悟していたとはいえ、
頭の中が真っ白になり「再発」の言葉だけがこだました。
ふと我に返ったのは、
「実は今この病院には血液を専門としている医師がいないのですよ。」
というM先生の言葉。
「う~ん」と考え込むM先生の様子を見て、
「ここで断られたら私どうなるんだろう」
昨日のことが悪夢のように蘇り違う恐怖が襲う。
「先生、私ここで診てもらえなかったら、どうしたらいいんですか・・」
思いがそのまま言葉になって出る。
そして今までずっと黙ってM先生の話を聞きながら、
私の背中をさすってくれてた母。
「先生お願いです。この子を助けて下さい!」
という母の突然の言葉に、
閉ざされてた隣の診察室との間仕切りカーテンが勢い良く開かれた。
そこには白衣を着た女性医師R先生の姿があった。
「突然すみません。会話が耳に入ってきたので」
R先生はそう言い机の上の検査結果を目にする。
「ここから、そう遠くはない病院に血液専門のK先生がいらっしゃいます。
私も学会で何度かお会いしただけですが、とても良い先生です。
よければ私から先生にお願いします」と言ってくれた。
「お願いします」という私の言葉は半分声になっていなかった。
R先生は目の前の電話を手にテキパキと連絡を取り始め、
K医師に繋がると私の症状を説明し受け入れ可能かどうか確認してくれた。
K医師の返答に耳を傾けていたR先生の
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
という言葉を聞いて、身体の力が抜ける。
「すぐに診てくれるって。
産婦人科の先生も一緒に待機してくれるようだし、
もう大丈夫よ!」
R先生は笑顔で言った。
色々な人がいるように、医師にも色々な医師がいる。
この2日間で、良い悪いという言葉を使うなら
極端な両面を見ることになった。
病気に対しての知識だけでなく
人の気持ちに寄り添う心も豊かにしてほしいと切に思う。
そして病気と闘う前に
病気を診てもらうことの大変さも実感させられた2日間だった。
優しく対応してくれた内科部長。
そして病気と闘う道を作ってくれたR先生。
お二人に見送られながら国立病院を後にした。