13章|二人の医師

消化器内科S先生 C型肝炎主治医

「はい、こんにちは」
診察室に入った私の耳に届いたのは
爽やかな声だった。
「こんにちは、よろしくお願いします。」
そう言って腰掛けた私の目の前には
人懐こそうな笑顔があった。
優しそうな先生・・・それが私のS先生の第一印象。

肝炎の治療をしようと思った私は
院内紹介状を手に消化器内科を受診した。
それまで受診した医師が転院したため
今回はじめてS先生に診てもらうことになった。

「先生、私インターフェロンの治療を受けたいと思いまして」
そう私が切り出すと、
カルテを見ていたS先生が私を見た。
その表情には先ほどの笑みはなく厳しい表情だった。

「インターフェロン治療のことどれだけご存知ですか?」先生は言った。

「すみませんまだ何も分ってません。
最近報道などで知り、私にも有効ではないか?
と思い、チャレンジしたいと・・・」
私の話が終わるやいなや、鋭い言葉が先生から返ってきた。

「あなたの場合は薬の効果があるかどうかというより、
治療自体が受けられないでしょう」
予期せぬ言葉と先生の険しい表情に身体が緊張した。

「治療には重大な副作用が伴なう。
その一つが貧血です。
治療を継続出来るかどうかの判断基準の数値がありますが、
今のあなたの血液数値は完全にそれを下回ってますからね」

「それにあなたのC型肝炎ウィルス遺伝子は1b型で
インターフェロンは効きにくいタイプです。
治療も最低1年はかかる。
もう少し自身の病気の事を調べてから考えた方がいいですよ?
ご自宅にパソコンあるでしょ?
今はネットで色々調べられる時代でしょ?」
先生の目が鋭く私を捉える。

「パソコンはあります。使えます。
病気の事は、知らないほうが幸せだと思うこともあるので・・」
怒られた子供のようにか細い声で私が答えると、先生はため息をついた。

忙しく動いていた看護師さんの動きがピタリと止まり、
先生と私の顔を交互に心配そうに眺めてる。

S先生にしてみれば、私はお気楽な患者にうつったのだろう。
そして私の中ではS先生はもっとも苦手なタイプ。
それが各々の第一印象。

「では調べてきます。なので来月もう一度話を聞いて下さい」
咄嗟に出た言葉。

「血液内科の先生とも、もう一度よく相談してね!」
パソコンで次の予約を入れながらS先生は言った。

この先どうなるのかな・・・
漠然と感じた不安は後に的中するのだった。

 

血液内科K先生 再生不良性貧血主治医

消化器内科受診後、私はパソコンに向かっていた。

使い慣れているはずのキーボードの打ち込みの手が重く、
検索を実行するのに戸惑いを感じる。
目の前に表示される沢山の情報。
私の性格を知っている主人が心配そうに隣で見ている。

目の前に展開された情報を見て病気の事を改めて知ることが出来たと共に、
目をそむけたくなる自分の未来にとって残酷な内容が嫌でも目に入り記憶となる。

「代わろうか?」私の心の動揺を察して彼が言う。
「大丈夫!」と私は微笑む。
自分で決意した事なのだから、
きちんと向き合わなければ!

今の私の状況で治療を受けることのリスクの大きさは何となく自覚できた。
でも私と同じような症例を見出す事は出来ず治療が可能かまでは分らない。

ただハッキリしたのは・・・
治療をしなかった場合は肝炎→肝硬変→肝臓癌・・・死。
頭の中でその言葉だけがグルグル巡っていた。

そんな状況でふいに出た言葉。
「私ね、病気に対しては何か根拠のない自信があるんだ。
だから大丈夫。
きっと大丈夫。治療する!」
私は自分に言い聞かせるように彼に言った。

一ヶ月後の消化器内科の受診日。

「はいこんにちは。それで調べた?」
診察室に入った私にS先生が聞いた。

「こんにちは。調べました。やはりインターフェロン治療お願いしたいと思います」
そう答えた私を見て
「分りました。じゃあ来月からにしますか?」
思いがけない返答があった。

あれから一ヶ月・・・
私の血液数値でインターフェロン治療が可能か?有効なのか?
いくら調べても症例は見つからず決意を肯定できる情報はなかった。

でも沢山の人の闘病記を見て
チャレンジしたいという気持ちを後押ししてくれる勇気を与えてもらった。
後は、どのようにS先生に説明すればいいのか頭と心を悩ませていたので、
意外な言葉にすぐに反応できない。

実はS先生の受診前に血液内科の受診の予約を入れ、
主治医のK先生に今回の決意を相談していた。
K先生は再生不良性貧血が再発してから15年ずっと診てくれてた先生。

「大丈夫ですよ」言葉だけでなく溢れ出る優しさが
いつも私の身体と心を穏やかにしてくれていた。

私の話を一通り聞いたK先生が、
いつにもない堅い表情で話し始めた。

「私は長く色々な患者さんを診てきました。
中でも悔やまれるのが妊娠時や出産の際に
輸血が必要となり、後にC型肝炎になってしまい助けられなかった女性達の事です。
C型肝炎が進行し恐い病気になり治療の手立てが無くなってしまう前に
少しの可能性でもあるのならば肝炎の治療をするべきです!
貧血は最悪の場合、移植して治療すればいい。」
言葉は強かったが温かかった。

「先生、S先生が文句言ったらちゃんと説明して下さいね」
私はK先生の優しさに子供のように甘えた。
「わかりました」そう穏やかにK先生はうなづいた。

 

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