6章|子宮内膜症の緊急手術

子宮内膜症緊急手術 1995年11月13日 夜

手術着に着替え待っていると
「では準備が出来ましたので手術室に向かいましょう」
と看護婦さんに言われ
ストレッチャーに横になる。

時計の針は午後10時45分。
静まり返った廊下にストレッチャーの音だけが響く。

手術室に入るとM先生が近くにきて
「一緒に頑張ろうね」と優しく微笑んだ。
先生の温かさで気持ちがホッとする。

そして離れ際に先生は
「ウィルス検査の結果HIVは陰性でした。
肝炎は陽性だったみたいですね」と言い
「大丈夫だからね」と笑顔で頷き
看護婦さんに指示を始めた。

「なんで肝炎?お酒そんなに飲んでないのになぁ」
と私はまだ事の重大さに気づいてなかった。

「局部麻酔で行ないますので意識はあります。
でも痛みはありませんので安心してください」
麻酔医師の説明があり
酸素マスクがつけられた。

手術台に寝て両足を開き固定。
右腕には点滴、左手では看護婦さんが血圧をチェックし始めた。

消毒の後、「少し痛みます」という
麻酔医師の声を聞いた直後に凄い痛みが襲った。

思わず私は、「痛い!」と叫んだ。
局部麻酔のための麻酔をしてほしかったと思うくらいだった。

その後の穿刺用の針を刺すときは殆ど痛みを感じず、ホッとした。

手術中、意識はハッキリしてるので、
先生や看護婦さんの話が聞こえてくる。

ドラマで見る手術シーンを思い出しながらキョロキョロしてみる。
よーく見ると天井の手術室ライトに手術の光景が映りだされていてギョッとした。

必要な事だと分ってはいても、
大勢の人の前で一番無防備な格好で横たわっているのが、
急に恥ずかしく辛く思える。
涙が頬を伝わってきた。

すると傍にいた看護婦さんが気づき
「大丈夫ですよ」と言い手を握りしめてくれた
思わず嬉しくて今度は温かい涙が頬を伝わった。

血液を吸引しているM先生から
「う~ん。なんでだろ?」という言葉が漏れる。
そして先生が更に吸引するために力を入れる。

痛みは感じないが、
お腹の中がひきつるような違和感で落ち着かなかった。

針を刺してからどれくらい時間が経っただろうか?
「おかしいな?なんで?」という先生の声にも焦りが出始めている。

次の瞬間
「動かないように押さえてください」
という先生の言葉で、
私は看護婦さん達に身動きのとれない手足を更に取り押さえられた。

「一体なにがはじまるのだろう?」恐怖を感じたその時、
先生の、「1、2、3、えい!」という凄い掛け声とともに、
お腹の中が注射器ごと、もの凄い勢いで引っ張られた。

「うっ」私は声にならない言葉を出していた。

「やったー!出てる出てる。
これは凄い!なかなか吸引できないわけよね」という先生の言葉に、
周りにいた医師や看護婦さん達からも
「うおぉー」「こんなの初めてです」「いやー凄い」などの
どよめきが一斉に起こった。

血液があまりにも古く、
もの凄い粘着力だったので吸引が困難だった。
「ずっと大事にしまいこんじゃってたのね。でも、もう大丈夫よ」
というM先生の優しくユーモア?ある言葉に体の緊張が少しほぐれる。

嚢胞(のうほう)も大きくなっていたので、
採取自体で通常の2~3倍くらいの時間がかかった。

古い血液の吸引が終わると、
生理食塩水で嚢胞内を洗浄。
これを2~3回くりかえし行う。

この時は痛みも違和感も全くなく
ずっと手を握ってくれてた看護婦さんと
「お腹すいたね」
という会話が出来るほど余裕が出てきていた。

「ではエタノールで固定しますね」
先生の言葉で、嚢胞(のうほう)内にエタノールが注入され始めた。

「あと少しで終わる」
そう思いホッとした時、
焼けるような凄い激痛をお腹の中に感じる。
痛みと恐怖で
「痛い痛い痛いー」と叫んでいた。

私の声で一瞬、皆の手が止まった。
「大丈夫!大丈夫だからね!効いてる証拠だからね」と先生。

看護婦さんが握る手にさらに力を込め
「アルコールで悪い所を焼いてるんだよ。これで良くなるんだよ」
と励まし続けてくれる。

注入は終わったようなので
「あと少しの我慢だ」と残ってる気力を集中させようとした時、
「はい、ではこのまま20分固定しましょう」というM先生の言葉。

「20分・・・」途方に長く感じ一気に気力が抜けてしまった。

この段階でしっかりエタノールを固定しなくてはならないので、
寄せては返す痛みの中、
私は動かないように数人の看護婦さんに取り押さえられていた。

それでも大きな痛みの波が来ると無意識にお尻がモゾモゾ動いてしまう。
「お尻!」先生の指示で取り押さえる看護婦さんの人数が増えていく。

20分が1時間にも2時間にも感じた。
長かった。

時間になり、エタノールを抜いて針が抜かれた。
もう感覚が麻痺していたのか
この時は全く痛みも違和感もない。

「ようやく全てが終わった」
緊張から解き放たれ
安堵と共にドッと疲れと眠さが襲ってきた。

ずっと手を握り励まし続けてくれた看護婦さんを見上げると、
天使の微笑がそこにあった。

不安と痛みに耐えられたのは
手から伝わってきた温もりがあったから。
胸に熱いものが込み上げ
「ありがとう」と口を開いた。

そのとき突然
患部がヒヤッとして咄嗟に
「痛い~」と叫んでいた。

「まだ何もしてませんよ~」と先生。

「術後、トイレに行くのが大変だから尿道に管を通すの。
今のはそのための消毒だからね」
と看護婦さんは言い更に強く手を握り
「痛いのこれで最後だからね!頑張ろうね」と言ってくれた。

「え?痛いのまだあるんだ」
と思った直後に今回で一番の痛みが・・・。
 
早い人では30分ほどで終わるようだが
私の場合はトータルで1時間30分くらいかかった。

左の卵巣は赤ちゃんの頭くらいに大きくなっていて、
ボールいっぱいの血液が採取された。
あと少し遅ければ破裂の恐れがあったそうだ。

ここ数日眠れなかったこともあり
術後、病室に移された私は爆睡した。

 

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